COLUMN
23-07-04
『私たちの家族像の正体- vol.3 -現代の家族問題-』
オイルショックによって20世紀体制を抜本的に変革しなければいけなかった欧米諸国とは対照的に、この時期の日本は高度経済成長真っ只中であり、欧米先進国が「ゆたかな社会」と呼ばれていた20世紀初頭から20世紀後半までの社会を再現するような状況でした。1973年には「福祉元年」と銘打って、児童手当制度や老人医療費の無料化など多くの社会保障が実装されたのも、先進国の福祉国家発展と重なる部分があります。そして、80年代に入っても安定した経済成長を続けた日本は、低迷する欧米諸国と大きく差をつけ「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と呼ばれる経済大国となりました。
10. 1980年代の日本 - 作られた伝統 -
しかし、欧米先進国がそろって福祉の削減を唱えはじめ、「小さな政府」や「脱家族化」政策に舵を切りはじめたことに歩調を合わせ、当時の中曽根政権は日本の福祉国家を育てるよりも抑制する方向へと向かいます。厳密に言うならば、欧米型の福祉国家ではなく、家族による相互扶助を前提とする「日本型福祉社会」という近代家族制度を強化する方向に政策の舵を切り、個人を対象とする福祉が制度化されることはなかったのです。
⎜中曽根政権が実現したのは、夫に経済的に依存する主婦であることを前提とした女性の年金権の確立(第3号被保険者)など、男性稼ぎ主・女性主婦型の近代家族の制度的強化であった。1980年代の中曽根政権は、個人単位社会と共働きの制度化に向かっていた欧米諸国と反対に、家族単位社会と性分業の制度化を実施した「家族主義的改革」と呼んでよいだろう。<落合・城下>
このような改革の背景にあったのは、経済成長の成功を日本の文化的特殊性に求める「自己オリエンタリズム」と呼ばれる現象でした。近代以降のアジア社会では、欧米社会との対比によって自らの文化的アイデンティティを築いてしまう傾向があり、近代化の過程で起こり得る一般的な社会現象を、自国の伝統文化だと勘違いする事態が起こったのです。実際に、当時の中曽根首相は以下のような発言をしています。
⎜日本の女性と外国の女性とではずいぶん違います。(略)私は古いと思われるかもしれませんが、やはり女性はまず母として100%立派な母になっていただきたい。
立派な母親という考え方は近代ヨーロッパを起源とする女性像でした。儒教の影響が比較的強かった日本では、子どもの教育には母親よりも父親を重要視してきた歴史が長く、良妻賢母が日本の女性像だという考え方は典型的な自己オリエンタリズムによる勘違いだと言えます。これは第二の近代における欧米諸国が、脱家族化政策を進めることに鑑みて、日本の伝統は男性稼ぎ主・女性主婦型の家族であるという考え方が政治的に強化されていった結果だと思われます。
⎜強調しておきたいのは、男性稼ぎ主・女性主婦型の家族は、けっして日本の伝統ではないということである。日本の伝統は共働き家族であった。日本女性の労働力率は明治初期には現在のスウェーデン並みに高く、その後低下したものの、1970年代まではほとんどの欧米諸国よりも高かった。<落合・城下>
戦後から(さらに言えば明治維新の時代から)長らく欧米諸国の政策を模倣してきた日本にとって「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の称号は大きな自信を与え、これからの日本に必要なものは欧米諸国の模倣ではなく、日本独自の政策であるという理念を芽生えさせました。ただ皮肉なことに、日本独自の政策は、第一の近代の仕組みを強化するようなものが多く、とりわけ近代家族を強化する制度を多く実施したことが、バブル崩壊後の経済不況に対応できなくなる原因となってしまったのです。
11. 深刻な経済不振 - 継続する家族主義 -
日本の1990年代は欧米諸国の1970年代と共通の構造転換が起こりました。経済不況の影響から雇用が不安定化し、結婚率や出生率が急速に低下、近代家族を維持することは困難になったのです。そのため家族による相互扶助を前提とする「日本型福祉社会」は大きな方向転換を余儀なくされました。当時の橋本龍太郎首相は1996年の国会答弁で「家族の機能を社会的にバックアップしていく必要を痛感した。」と述べています。
2000年代に入ると、保育所の民営化や介護保険制度の実施などにより「育児の社会化」や「介護の社会化」という欧米諸国的な脱家族化政策が進められていきました。しかし、育児や介護は家族が責任を持つべきだという家族主義のイデオロギーは根強く残り、ケアのコストが社会的に分担されることはありませんでした。
⎜1970年代以降の欧米諸国と日本の情勢の変化とそれへの政策的対応を比較してみると、1980年代には両地域の情勢の違いが大きく、日本には制度改革を進めるだけの経済的余裕は十分にあったが、逆に改革の動機となる危機感がなかった。1990年代の改革を阻んだのは、経済危機に加え、1980年代に強化され固定された家族主義的な制度であった。<落合恵美子>
日本が家族主義と呼ばれる所以は、「性別役割分業」や「親孝行」などが21世紀になった後でも継続されたことにあります。家族のケアを社会的に分担することを望んだ欧米諸国に対して、日本は家族のケアを家族に求める傾向が強かったのです。この根強い家族主義はアジアや日本の文化的特徴として説明されてしまうことが多いですが、そう単純な問題ではありませんでした。
この問題を理解する上で重要な視点となるのが、世代間の「家族」に対するイメージの相違です。日本の高度経済成長期に20代前半だった層は「団塊の世代」と呼ばれ、近代家族を前提とした社会システムの恩恵を最も受けた人々です。言い換えれば、男性稼ぎ主・女性主婦型のライフスタイルを確立させた世代だと言えます。そして、この世代から生まれたのが「団塊ジュニア」と呼ばれる1990年代の不安定な社会の中で大人になった人々です。
両世代の違いのひとつとして挙げられるのが女性の役割です。団塊の世代は専業主婦を基準とした社会でしたが、団塊ジュニア世代では共働きを基準とする社会になっているため、女性に必要とされるスキルセットが世代間で変化してしまったことになります。1985年の「男女雇用機会均等法」や1999年の「男女共同参画社会基本法」からも分かるように、1990年代の女性には男性同様の働き方が社会的に求められていたのです。しかし、子ども時代に良妻賢母的な教育を受けてきた団塊ジュニア世代の女性が、社会の急速な要請に応えられるわけではありませんでした。従来の女性像である専業主婦としての生き方と、キャリアを形成する新しい生き方との間で揺れ動くことになります。実際に団塊ジュニア世代の女性は、専業主婦・キャリアウーマン・パートタイムという3つのライフスタイルに分岐し、同世代でも異なる生き方を選択することになりました。
一方、男性も世代間の変化に動揺することになります。雇用が不安定になり正規社員として働くことが難しくなったからです。学校卒業後は企業に入社し、終身雇用制度に支えなれながら大黒柱になるというライフスタイルは難しいものになりました。また、これは女性にも言えることですが、キャリアの不安定化は晩婚化を引き起こすため、親元を離れずに生活する若者の増加を引き起こしました。親子の同居率が高まり、さらに同居期間も長くなることで、子どもが介護を引き受けるのは「親孝行」として当然の義務だという社会的な認知が強化されてしまったのです。
⎜非正規雇用の拡大、失業率の高まり、転職の増加、高等教育進学率の上昇、新卒者の就職難、専業主婦の縮小、初婚年齢の上昇、少子高齢化の急速な上昇、所得の低下と所得格差の拡大など、1999年代半ばから現在までに生じた様々な現象は、日本人がこれまで自明としてきた人生パターンが崩れ始めたことを示している。<落合恵美子>
日本の家族主義問題の複雑性は異なる「家族意識」を持つ世代が同居していたことにあります。団塊世代以前は近代的家父長制に基づく「家制度」、団塊世代は近代家族に基づくプライベート重視の「マイホーム主義」、そして団塊世代ジュニアは複雑なイデオロギーを複数抱えた「家族主義」というように、異なる家族意識を持つ3つの世代が同時期に共存していたのです。
もちろん、日本の家族がケアの社会化を実現できなかった理由の全てをイデオロギーの視点から説明できるわけではありません。80年代に性別役割分業を強化する政策を実施してしまったことも重大な原因です。冷静に欧米諸国の社会情勢を分析し、日本の現状と比較検討していれば、防げた問題があったことは間違いありません。
⎜欧米諸国が危機に苦悶しながら改革の筋道をつけようとした1980年代に、日本は束の間の繁栄を謳歌して「20世紀システム」の家族主義的制度を再強化したことが、その後の改革を難しくし、「失われた20年」を帰結したと言えよう。<落合恵美子>
12. ミレニアル世代の台頭 - 揺らぐ家族主義 -
団塊ジュニア世代の人々は、子ども時代の名残から(メディアのマーケティングによる影響も大きい)構造的に困難な近代家族を再現しようとする傾向があり、結果として「歪な近代家族」が生まれてしまいました。この家族の特徴としては、浪費による貧困と、それに伴う家庭内領域の人手不足が挙げられます。不況の影響で所得は減少傾向にありましたが、奢侈品や娯楽に対する消費は増加傾向にあり、足りない資金を補うために女性がフルタイムで働かなければいけなくなったのです。そして共働きになったことで家事や育児に専念する時間が少なくなり、僅かな余剰時間を家庭運営に充てざるを得なくなりました。また、子育てのアウトソースという側面が大きいですが「将来への投資」という観点からも習い事や塾通いが一般化し、教育コストも増加しました。
20世紀から21世紀にかけての日本は、第一の近代から第二の近代へのパラダイムシフトでありり、家族間の格差が顕在化しはじめていた時期です。所得の多い世帯は生活水準を高く保ちながら子育てへの投資も可能でしたが、所得の低い世帯にとっては近代家族の形を維持するのに精一杯で、子育てへの投資は大きな負担となりました。家族間格差は次世代の格差にも直結すると言われており、現代でも家族問題のひとつとして数えられています。
2010年代になるとSNSの影響もあり「グローバル化」と「個人化」は世界的な潮流になります。日本でも「ジェンダー平等」がメディアで盛んに取り上げられ、家族主義が疑問視されるようになりました。こうした「家族主義批判」の中心に位置していたのは、団塊ジュニア世代を親にもつ「ミレニアル世代」の人々です。歪な近代家族の中では夫婦や親子の間に軋轢が生まれやすく、家族が機能不全に陥ることも珍しくありませんでした。そのような家庭環境で育った若者の中には家族に対してアンビバレントな感情を抱く者も多く、旧時代の家族イデオロギーと対立する傾向にあったのです。
ところが、日本の家族主義はここで終結せずに新たな展開を迎えることになります。ミレニアル世代が批判した家族主義は、性別役割分業や夫婦同性といった家庭内における「ジェンダー問題」を主な対象にしており、家族主義の根本的な問題である「家族内の相互扶助を前提とした社会」、すなわち「家族がその成員の福祉に対して最大の責任を持つこと」は問題視されない傾向にあったのです。この批判の難点は、家族を単位とした社会を維持しながら「ジェンダーレス化やケアの社会化」を推進することにあります。これは第一の近代から第二の近代へと移り変わる過程で生まれた構造的問題を考慮していないため、家族問題の根本的な解決には繋がらないのが現状です。日本の社会が近代家族システムを前提として設計されている以上、家族から部分的に近代家族の性質を取り除くのは難しいと考えられます。
実際に欧米諸国では「家族を単位とした社会」から「個人を単位とする社会」へと移り変わる過程でジェンダーレス化が推進され、主婦の担ってきた「ケア」の役割が社会に再配置されていきました。つまり、近代家族を解体したことで、近代家族の性質を現行の家族運営に保存する必要性がなくなったのです。近代家族の解体は、家族と社会の境界線を曖昧にし、既存の枠組みを超えた社会的関係を築かなければいけない社会へのシフトを強制的に促しました。そして「ケア」が社会化されたことで、共働き世帯は仕事に専念することが可能となり、さらに家族を持たない人々にもケアサポートの購入という新たな福祉を提供する機会を与えるようになったのです。
日本が何度も家族主義へと揺り戻されてしまう理由は、個人を支える社会的セーフティネットが発展しないことに加えて、家族に対する執着の強さもやはり大きな要因だと言わざるを得ません。他の世代よりも「グローバル化」と「個人化」の影響を受けているミレニアル世代の人々でさえ、無意識に家族イデオロギーの強化に加担してしていることを考えると、現代社会の若者たちが求めているのは「個人を単位とした社会」ではなく「お互いに支え合える家族」だということが分かります。これを日本的な方針と捉えるべきか、家族主義に囚われていると考えるべきか、現状判断することは難しいですが、少なくとも日本の社会に求められている役割は安心して結婚や子育てのできる制度を実現することにありそうです。
13. 総括 - 現代の家族問題 -
ここ最近は行政や企業が積極的に家族問題にアプローチする機会が増えました。まず企業の取り組みとして多く見られるのが、SNSやアプリを用いて家族内外のコミュニケーションを活性化するものです。家庭内の課題を他者と共有できる「マッチングサービス」や、異なる家族同士を繋げる「コミュニティサービス」などが例として挙げられます。また、お互いの価値観やライフスタイルを深く話し合うことで「夫婦間のパートナーシップ」を推進するサービスなども存在します。これらのサービスに共通しているのは「家族の持つ閉塞感」を取り除くことで、周囲との連帯を強化し、当事者の不安を取り除くことです。これによって家族内の個人に負担が集中するリスクを避け、家族が機能不全に陥るのを未然に防ぐ狙いがあります。次に行政の取り組みとしては、幼児教育・保育の無償化(所得・年齢制限あり)や、子どもの心身をサポートする「こども家庭庁」の新設など、限定的な範囲に留まるものの「子どものケア」を強化しています。
しかし、上述した企業や行政の取り組みは全て「家族を支える仕組み」であって「個人を支える仕組み」ではありません。日本の「個人」に対するサポートは、年齢を重ねるごとに減少し、成人以降は就労支援や生活保護などを除いてほとんど存在しません。一度でも「家族」の枠組みから外れてしまうと「個人」が社会的ネットワーク、とりわけ「情緒的なネットワーク」に再接続することは困難だと考えられます。一人世帯による「孤独死」などはその典型的な例であり、メディアでの報道に不安を煽られてしまう人たちは数多く存在します。
⎜こうした根強い家族イデオロギーは私たちを旧時代の家族像に縛り付けてしまい、新しい家族像を思い描く機会を失わせています。言い換えるなら「家族」のイメージが「近代家族」以外に存在しないため、新しい共同体を模索することができずにいるのです。<冒頭記事から>
私が冒頭で述べたように、日本社会は根強い家族イデオロギーに規定され、多くの人々が「家族の持つ閉塞感」に気が付きながらも「脱家族化」できない状態にあります。そして近代家族の性質を維持することは構造上不可能であるにもかかわらず「家族」を築く以外にセーフティネットを得られる手段も見つかりません。このような社会で築かれた「家族」の行く末は一体どのようなものになるのでしょうか。
参考文献 -
・落合恵美子(1994)『21世紀家族へ -家族の戦後体制の見かた・超えかた-』
・落合恵美子(2000)『近代家族の曲がり角』
・落合恵美子(2013)『親密圏と公共圏の再編成 -アジア近代からの問い-』
・落合恵美子(2017)『つまずきの石としての1980年代-半圧縮近代日本の困難-』
・落合恵美子『1970年代以降の人口政策とその結果 -アジアにおけるケアの脱家族化を中心に-』
・落合恵美子『近代世界の転換と家族変動の論理 -アジアとヨーロッパ-』
・川越修(1990)『近代を生きる女たち -19世紀ドイツ社会史を読む-』
姫岡とし子
原田一美
若原憲和
・坂井裕一郎(2012)戦後日本における〈家族主義〉批判の系譜
・藤間公太
・本多真隆
・ヤン・ド・フリース(2021)『勤勉革命 -資本主義を生んだ17世紀の消費行動-』